各国大使閣下、教授、研究者、ご参加の皆様
カストロ没1周年記念、「キューバ革命の対外政策におけるカストロ~その思考の有効性~」をテーマにしたこのセミナーにご参加の全ての皆様に歓迎を申し上げます。
ます最初に、著名なキューバ人研究者グループを日本に招くという素晴らしい企画を実現して下さった神奈川大学に改めて感謝申し上げたいと思います。またペドロ・モンソン氏、カルロス・アルスガライ氏、エリエール・ラミレス氏のお三方には、日本での滞在を延ばしてこの重要なセミナーに参加して欲しいという要請に喜んで応えていただいたことに感謝いたします。
皆さんご存知の通り、来る11月25日は、議論の余地なくキューバ革命の歴史的指導者であり、これからもそうあり続けるフィデル・カストロ・ルス最高司令官を物理的に失うという修復不可能な喪失の一周年に当たります。彼はキューバに真の最終的独立をもたらした指導者であり、日本の親しい友人でもありました。
あの時期は、大変悲しい日々でした。我々皆が二つの感情を味わっていました。一方では何事もなかったように公式の仕事を全うしなければなりませんでした。私達の心はキューバで国民とともにその団結の要、革命の創始者に別れを告げる場をともにしながら。他方、日本国民が彼の人物と遺産にかつてないほどの弔意を表してくれたことを目の当たりにして大きな喜びを感じました。
フィデル・カストロは疑いなく歴史上の偉大な人物の一人です。彼の一貫した真の革命家としての刻印は、シンボルとして世界に残りました。彼は常に理想の勝利に絶対的な信頼をもっていました。それが私達に残してくれた最良の遺産です。それ故、没後1周年を記念するにあたり、彼を偲ぶ最良の方法は、キューバの外交政策の理論と実践における彼の思想と刻印に敬意を捧げることではないかと考えました。
それ故このセミナーは、キューバ革命とその対外政策の指針となった彼の思想と原則、考えを学術的な観点から掘り下げる貴重な機会となるでしょう。
フィデル・カストロという人物の歴史的、世界的スケールを認めないことは不可能です。我々のように彼を賛美する者にとっては当然ですが、彼の思想を否定したり、彼に無駄な闘いを挑んだ人までを含めて、いかなる政治姿勢を持つ人にとっても同然です。
団結にたいして深い確信を持っていました。それを革命の最高のコンセプトとして反映させました。それこそが彼の政治思想の中で最も成熟していたものでした。キューバの革命家達の団結以上に彼が心を砕いた問題はありませんでした。歴史を旅する才能を持ち、そこから帰るといつも我々に不団結の危険性を想起させてくれました。ソ連と東欧社会主義の崩壊の後、多くの人がキューバ革命の崩壊を性急に予測した時、彼がハバナ大学の大講堂で行った素晴らしい演説を私はよく覚えています。演説のなかで彼はこう我々に警告しました。「この国は自己崩壊する可能性がある。この革命は破壊することができる。今日革命を破壊させられるのは彼らではない。しかしわれわれは破壊することができる。その時、罪は我々にある」と。
革命キューバはその最初から根本的な国際的次元を持っていました。そして、政治的に米国に従属し、社会的悪に溢れた小国が、国際社会の完全な行動者に変わりました。それはいかなる国際会議の場でもその声を聞かせる能力を持つ原則的な外交のおかげです。
この現象は我が国の革命の地政学的な意義を知れば理解できるものです。米国の鼻先での主権をもつ反帝国主義の社会主義国の出現は、アメリカ大陸におけるワシントンのヘゲモニー戦略と衝突する運命にありました。
スペイン支配からの独立闘争、ワシントンによるキューバへの軍事介入との闘いでの我々の勝利が他の手に渡ってしまったため、生まれた共和国は新たな形の植民地となり、キューバは天然資源倉庫と安い労働力の供給地に、さらに賭博や麻薬、売春などアメリカ社会の悪癖のための合法的天国になってしまいました。
共和国キューバを苦しめた諸悪、つまり、社会的不正義、富の極端な両極化、その結果の極貧層、国民にたいする国家暴力などを理解するのは、米国のヘゲモニー戦略におけるキューバの役割を理解せずには不可能です。フィデルの偉大な功績の一つはこの現実を深く理解したことでした。
そこから、彼の思想の中で、社会主義と反帝国主義が切り離せない要素となったのです。1959年、未だバチスタ独裁との闘いの最中、カストロは米国について予測的にこう言っています。「この戦争が終わったら、私とってさらに長く大きい戦争が始まる、それは彼らとの間の戦いだ」
キューバは1959年の革命勝利の時から、ワシントンの系統的な敵対政策と向き合わなければなりませんでした。それはあらゆる方法を使ってキューバを孤立させ革命をつぶすためでした。その意味で、ワシントンに支援された数多くのテロ攻撃をあげることができます。CIAに訓練され支援された傭兵によるプラヤヒロン侵攻、50年以上にもわたる犯罪的な経済・貿易・金融封鎖など沢山の例があります。
この状況下で、フィデルは世界最強国の圧力に負けず、かつ倫理的原則を交渉の対象にしない対外政策にむけて、革命を的確に導いて行きました。その際、革命的外交は、信用失墜・権威失墜のためのキャンペーンと闘い、キューバへの攻撃的行為に反論・反撃し、さらにあらゆる場での帝国主義的支配に明らかな形で立ち向かうという使命を持ちました。
革命はその大儀を守ることだけに闘いを限定しませんでした。不正義な世界システムによる不幸な人々との無条件の連帯を表明しました。フィデルとキューバにとって国際主義は神聖な義務であるからです。
フィデルは非同盟諸国運動の創立メンバーとして活発な活動を展開し、ラテンアメリカ・カリブ諸国を非同盟の原則の下に結集するために努力しました。
植民地主義と帝国主義に反対する闘いと思想的、政治的に関連する組織、政党、民族解放運動と緊密な関係を発展させました。
第三世界の様々な地域に精神的支援のみでなく、実際に多くの人的、物理的資源を送りました。我が国の困難な経済状況にもかかわらず、それを無料で行いました。「連帯は余ったものを与えるのではなく、持っているものを共有することだ」というフィデルの考えを旗印にしたからです。
ここで、キューバのアンゴラ解放への貴重な貢献をお伝えしないわけには参りません。キューバは志願兵による部隊を送り、その多くが戦死しました。この功績は経済的、物質的な富の供与を求めたためではなく、国民も共有したフィデルの信念、アフリカ大陸への歴史的負債を返済するためになしとげられました。
それだからこそ、アンゴラや北部アフリカの西欧列強の先鋭であった南アフリカ軍の敗北にキューバが貢献した事実は、計り知れない意義があるのです。結果、南アフリカのアパルトヘイトとして知られた恥ずべき人種差別制度が廃止されました。そして、議論の余地のない象徴として、フィデル・カストロとネルソン・マンデラを結びつける親密な友情が生まれたのです。
キューバ国内では、保健医療と教育の無償提供は、国民の権利であり、そして、世界への義務として理解されています。今日、キューバは医療協力のため46カ国に4万人以上の人員を派遣しています。その多くは受益国の貧困層の医療費を削減、もしくはゼロにすることを可能にする協力形態による派遣です。すでに2万8千人以上の、米国留学生を含む、さまざまな国の留学生がハバナのラテンアメリカ医学大学を卒業しています。出身国に戻り、国民に奉仕するというのが留学の唯一の条件です。
同じことは教育にも言えます。キューバ留学のための奨学金提供や他国の教師や教育者との協力を通じ、キューバはさまざまな分野の技術者や専門家の教育に貢献してきました。ラテンアメリカや他の地域の何百万人もの人びとがキューバが開発した方式やキューバ人専門家の協力で識字化されました。
この協力は、革命を敵視する国々の主張とは異なり、自国の運命を当事国が選択する、各国の主権を尊重した、無私で謙虚な連帯のための行為です。第4回非同盟諸国首脳会議のハバナ開催時の演説でフィデルが強調したように、キューバは決してイデオロギーや社会主義体制を外国に押し付けようとしたことはありません。
歴史的な革命指導者、フィデルの素晴しさは、国内外の政策を原則に基づいて進めてきたという功績にのみあるのではありません。人類が直面する地球規模の問題に警告を発し、意識を高めることにより、理論や思想分野に貢献したことも忘れてはなりません。
世界資本主義を非難するのは、単に不当な、世界の重要な部分の人びとが貧困に陥ることなく生きることができないシステムというためだけではありません。
その趣旨は1992年のリオ・サミットで述べられた次の言葉に集約されています。「生存のための自然環境の破壊が急速に進んでいるため、重要な生物種が生存の危機にさらされている。その生物種とは人類だ。」消費社会の環境に対する無責任や、再生不可能な自然資源の度を越した開発、産軍複合体の野心を満たすための戦争による環境破壊は、残念なことに現在も続いていますが、フィデルの思索の基本的なテーマでした。
これはまた、世界平和模索の努力と不可分のテーマでした。望ましい夢としての平和ではなく、人類が生き残るため逼迫した必要性のあるテーマとしての平和でした。世界を何度も破壊することができるほどの数に達した核兵器の不合理な増加や開発を人生最後の瞬間まで憂慮していました。このことは常に日本に、そして、広島や長崎の無差別攻撃に関心を寄せていたことにつながります。日本を2度訪問し、ピースボートがキューバに寄航した際は被爆者と交流しました。また、2003年の広島平和記念資料館を訪問した際には次のような言葉を残しています。「このような蛮行が二度と繰り返されんことを」
私は確信しています。フィデルの考えは地理的な距離や文化的な違いを乗り越え、国と国をつなぐ大きな力を持っていると。フィデルの思想について深く誠実に議論することは、両国が共有する価値観や懸念事項を通じて、キューバと日本の関係を強化する機会となるでしょう。もしこのセミナーがこの目的にかなうものであれば、最良の形でフィデルを偲ぶことになるでしょう。