フロリダで発行されている、ヌエボ・ヘラルド紙(マイアミ・ヘラルド紙のスペイン語版)は、8月16日付で、8月5日にキューバのマタンサス県の石油備蓄施設で発生した大規模火災について、「反政府派による破壊工作だ」という記事を掲載しました(22.08.16 Nuevo Herald)。
記事は、ファビオラ・サンティアゴ記者が、長い消防士の経験がある、アベル・フェルナンデス氏とのインタビューをもとにした体裁をとっています。大きな物的損害が発生した大災害の原因の特定には、予断を排した慎重な分析が必要ですが、現在でも2名が死亡、14名が行方不明、132名負傷、18名が入院中という人的損害を考えると、人道的観点からは、一層の真摯な科学的検討が必要です。
まずは、フェルナンデス氏の主張の技術的な部分を紹介しましょう。
「私は、23年の消防士の経験があり、可燃性燃料の流出事故も何度か経験している、私には、雷が原因で火災が起きたようには見えず、公式な原因は信じていない。これは内部で行われた破壊行為だろう」。
「論点は、原油は、軽油と同じように引火点が非常に高いので、雷は火元にはなりにくい。燃焼を起こすには、ほとんどの火災の調査に使われるモデルである、酸素と着火源と適切な混合物が必要。蓋付きのタンク内の原油は、雷では簡単に発火しない。しかし、オープンパイプを通して外部に炎を当てるなど、直接的な発火源があれば、タンクに火がつく。タンクへの直撃を防ぐための避雷針が施設の周囲に設置されていないとは考えにくい。貯蔵施設の他のタンクへの外部への放射熱火災の広がりが見られた」。
また、政治的な背景について、フェルナンデス氏は、次のように断定しています。
「国務省によれば、米国の専門家がキューバに技術指導を行ったものの、キューバ政府が消火のための現地支援を要請しなかったのは、この爆発が政権反対派による大胆な行為だったのではないかという疑念があるからだ。米国に居て欲しくない理由は、火災の場所によって、何が発火の原因かを簡単にテストでき、この火災の原因を特定できるからだ。キューバ政府は、自分たちが住む失敗した共産主義国家に嫌気がさした人々が、意図的に破壊行為を行った可能性があることを、国民に明らかにしたくないからだ」。
それでは、事実はどうだったのでしょうか。
当日は、マタンサス市地域は、悪天候に見舞われ、雷が頻発しており、その一つが原油石油タンクの1基に落雷し、避雷針がそのエネルギーに耐えられず破損し、石油タンクのドームの天井に落雷したとキューバ政府により報道されています(22.08.06 Granma)。避雷針の破損の問題を、将来同じ事故を防ぐために後ほど検討しなければならないと、ディアス=カネル大統領は同日述べています(22.08.06 Granma)。ここには、火災が破壊活動によるものかという疑問は全く表明されていません。また、6日から、消火作業に携わったメキシコ人、ベネズエラ人の救援の専門家127名からは、破壊行為説は、今日に至るまで、匿名の形でもまったく出ていません。同じヌエボ・ヘラルド紙も、ノラ・ガメス記者は、火災発生から一日経過した時点で、火災が落雷によるものであることを客観的に報道しているだけです(22.08.06 8:26 PM Nuevo Herald)。
また、反政府派の、破壊行為実行声明も出されていません。
もう一つの問題、米国の現地調査拒否問題は、どうでしょうか。
6日午後3時、キューバ政府は、かつてない大災害で問題の複雑性から、米国政府も含め、石油問題で経験の深い海外の政府に支援と助言を要請しました。メキシコ、ベネズエラ政府は、直ちに承諾し、同日深夜から7日早朝にかけて、専門家の派遣と必要資材の送付を実行しました(22.08.09 Granma)。米国については、ジョアンナ・タブラーダ、キューバ外務省米国局副局長は、「米国は、この要請に対し、電話で技術的な助言を行うと回答し、支援を申し出ませんでした。キューバ側は、それでもそれを受諾し、専門家同士の電話による会話がおこなわれました」と述べています(22.08.08 Prena Latina)。
一方、フェルナンド・デ・コシオ、キューバ外務省次官は、ツイッターで、「米国の数人の専門家及び専門機関と会話が行われ、キューバは、公式に謝意を表明した」と説明すると同時に、在キューバ米大使は、「マタンサスの状況を注意深く見守っている。キューバが人道的あるいは技術的支援を要望するのを待っているところである。その場合、米国は、キューバの個人及び資材を受け取っている機関を支援したい」と述べたことに対し、コシオ次官は、「医療資材や医薬品も必要だが、今は火災を消化することが重要だと強調した」と記載しています(ibid)。
フェルナンデス氏が言うような、キューバ政府が米国の専門家の現地訪問を要請しなかったことはありません。最初の米国を含む各国への支援の要請でも専門家の派遣を述べていますし、コシオ次官も要請をしています。フェルナンデス氏が述べているのは、自論に都合の良い推測にすぎません。
むしろ、米国政府の、消極的な態度には、現在経済困難に苦しむキューバ政府に対して、今回の大災害が、一層経済を困難にして、国内の不満が高まり、米国政府が希望している「体制変換」を進めることになるのではないかという思惑があるものと考えられます。
(2022年8月17日 新藤通弘)