26.05.22 キューバはたとえ攻撃されても、決して屈服することはない
グランマ紙
2026年5月22日 15:05:40
UNEAC(キューバ文芸作家同盟)の声明
我らキューバ文芸作家は、米国の帝国主義政府による危険な攻撃的エスカレーションを断固として拒否する。これには、我らの歴史的指導者に対する不当な非難、その報道官による最近の皮肉な発言や脅迫、そしてカリブ海における軍艦の展開が含まれる。我々が望まない戦争は、何千人ものキューバ人とアメリカ人に破壊と死をもたらすだけである。思索する男女として、また反抗的で公正かつ平和的な国民の一員として、我々は平和を訴える。しかし警告しておく。キューバは占領されることはあっても、決して降伏することはない。
ある国民が、67年間にわたり、テロ攻撃、重武装かつ訓練された傭兵による侵攻、20世紀後半から21世紀初頭にかけて最も過酷かつ長期にわたる経済・通商・金融封鎖に抵抗し、あらゆる資金調達ルートを遮断され、なおかつ「テロ国家」という不当なリストに載せられたとき、何が起こるのか?帝国主義が、絶望して石油封鎖に訴え、現代のいかなる国家にとっても生命線となる水門を閉ざすという懲罰を加え、それでもなお、キューバ国民が自らを再生し、抵抗し、代替案を模索し、決して屈服しないことを改めて証明した時、一体何が起きるのか? もしその国民が、 電気もなく、時には水道もなく、食料や医薬品が不足しているにもかかわらず、ハバナの反帝国主義演説会や国内の他の広場に大挙して集まり、抵抗し、打ち勝つ決意を改めて示すとしたら? 抵抗を弱め、世論を分断しようとする、巨大で絶え間ないメディアキャンペーンやフェイクニュースの氾濫を、彼らが乗り越えるとしたら?
まずトランプは、数日でキューバ国民を屈服させ、「友好的に」国を掌握すると宣言するが、その予定された日数はあっという間に過ぎていく。次に、キューバ人を窒息させるために可能なあらゆる措置をすでに講じたと警告し、残された手段は武力だけだと述べ、そこで「寛大にも」選択肢を提示する。「服従するか、攻撃されるか」と。突然、その言説は分裂症的になっている。我々は封鎖も窒息もされていない、停電や民衆の物資不足を引き起こしているのは、悪政を敷くキューバ政府の方だ、と。演劇の舞台の上で、横暴な俳優たち――帝王的な政治家や裁判官、傭兵、売国奴たち――が、攻撃の口実として、ある凡庸な劇を演じている。それは、決して屈服することのなかった革命の偉大な歴史的指導者の一人である、ある国民的英雄への非難であ。
口実はどうでもいい。後に事実無根と判明した、ベネズエラに存在しなかった麻薬カルテルへの関与でも、イラクが保有していなかったとされる大量破壊兵器の所持でも、イランの非現実的な核兵器開発の意図でもよかった。あるいは、1898年のあの不運な日、ハバナでの戦艦メイン号の自爆事故のようなものでもよかったのである。彼らはこの茶番劇に最もふさわしい日を選んだ。1902年5月20日、キューバが「鎖で縛られた共和国」という茶番劇を押し付けられた日である。我々キューバの芸術家や知識人は歴史を知っている。その主役たちの著作を読み、ニカラグアではサンディーノと共に、グアテマラではアルベンスと共に、チリではアジェンデと共に、そして20世紀初頭から主権が侵害されてきたラテンアメリカの国々の一つひとつで、主権を守る者たちと共に歩んできた。1902年から1959年の完全な独立の達成に至るまでの長い道のりで、多くのキューバ人が命を落とした。我々はそれを手放すつもりはない。
我々は平和を望み、必要としている。我々の経済は武器生産によって成り立っているわけではない。我々は敬意を持って対話することを知っており、議論を避けることはないが、独立については交渉しない。我々は祖国を守る術を知っている。教室で、創作の工房で、電気があればコンピューターの前で、あるいは電気が止められれば紙一枚を前にして。我々は「他の武器に打ち勝つ、理性の武器」を使う術を知っている。なぜなら「思想の塹壕は石の塹壕よりも価値がある」からだ。しかし同時に、史上最も偉大なキューバの知識人ホセ・マルティがそうであったように、我々の田園や都市の密林の中で侵略者と戦うこともできるのだ。
我々は抵抗し、再び勝利する。それが、フィデルの生誕100周年に際して、我々が彼に捧げる最大の賛辞となるだろう。そして我々は、ラウル将軍が共にいてくれることを誇りに思いながら、そうするのだ。彼は偉大かつ謙虚な人物であり、バティスタのクーデターに抗議する大学デモで、モンカダで、グランマ号で、シエラ山脈で、10月危機の最中、そして革命の困難かつ美しい年月を通じて、兄、フィデルの傍らに寄り添っていたのだ。
フィデル万歳!ラウル万歳!ディアス・カネル万歳!自由キューバ万歳!