キューバ共和国外務省声明
2026年8月13日 17:08:23
キューバ共和国外務省は、ドミニカ共和国政府が行った同国駐在のキューバ大使館の外交官10名とその家族を追放するという決定を、最も強い言葉で非難する。
ドミニカ当局によるこの決定を正当化する理由は、何一つない。キューバの外交官たちは、常に1961年の「外交関係に関するウィーン条約」を厳格に遵守し、この兄弟国であるドミニカ共和国の法律を完全に尊重して行動してきた。
この措置に対する説明は、ドミニカ共和国政府が米国政府の圧力に屈したことに他ならないことである。米国政府は、キューバを孤立させようとする中で、キューバとこの地域の諸国との外交関係を損なうことを企てている。
ドミニカ共和国政府が、わが国に対する米国の敵対的な政策や攻撃的な行動に同調するのは、今回が初めてではない。延期された第10回米州サミットからのキューバの排除や、国連総会におけるキューバの経済封鎖反対決議に対するドミニカ共和国の投票態度の変更などが、その例である。
フィデル・カストロの素顔――通訳から見たリーダーの人間性
フィデル・カストロの素顔――通訳から見たリーダーの人間性
山中道子さん インタビュー 斉藤真紀子
キューバという国と人びと、そしてスペイン語に魅了されて60年――。キューバ大使館で大使のスペイン語通訳を務める山中道子さんは、長年にわたり日本とキューバの架け橋となってきました。フィデル・カストロ(以下、フィデル)の通訳を務めた山中さんに、間近で接したからこそ分かるフィデルの素顔や印象に残るエピソード、キューバへの思いを聞きました。
――フィデルと初めて会ったときの印象を教えてください。
山中 初めて会ったのは、1972年、キューバで通訳をしたときです。建設機械や鉱山機械の大手メーカー、コマツ(小松製作所)の視察に、通訳として同行しました。フィデルが扉を開けて入ってきた瞬間、圧倒的なオーラを感じました。憧れていた人物でしたが、実際に目の前にすると、ただ歩いているだけで周囲が息をのむようなカリスマ性がありました。
「フィデルと平和」
「フィデルと平和」カティウスカ・ブランコ
フィデルは、ホセ・マルティの「思想の塹壕は石の塹壕よりも価値がある」という考えを深く信奉しており、民衆型の戦争においては帝国に有効な方策など無く、通常型戦争つまり民衆を敵とする戦争においては、世界のあらゆる軍事力や技術力など無意味であると常に考えていた。その例として、彼はナポレオンという歴史上の事例を挙げ、こう語った。「ナポレオンはヨーロッパ全土で勝利を収めた将軍だったが、スペインに侵攻した際、スペインの民衆に打ち負かされた。農民と労働者からなる民衆と戦うにあたり、ナポレオンのあらゆる戦略的能力や戦術は役に立たず、民衆は別の種類の闘いによって彼を打ち負かしたのだ。おそらくナポレオンならアウステルリッツやその他の多くの戦場と同様、10万のスペイン軍を打ち破っただろう。彼自身、勝利を確実視していたワーテルローの戦いで敗北した。遠く離れたところにいると思いこんでいた敵部隊が突然現れて彼を打ち負かしたのだ。その手の戦いは勝つこともあれば負けることもあるが、民衆を相手にした戦争では、そう簡単にはいかない」
日本でフィデル・カストロ生誕100周年を記念する集いが開催された
[8月13日 東京] この日、駐日キューバ大使館ではフィデル・カストロ最高司令官の生誕100周年を祝う集いが催され、多くの人が参加した。
フィデルの生涯と業績、キューバ革命、政治組織7月26日運動、そして他のラテンアメリカ諸国の指導者たちとの交流など多岐にわたるテーマについて講演があった。
ヒセラ・ガルシア駐日キューバ大使は、キューバ革命の過程におけるフィデルの深い人間性、それが世代を超えて人々に与えた影響について述べた。フィデルが主導した国際連帯についても言及し、アフリカの独立闘争をはじめ「オペレーション・ミラクル」、教育プログラム「Yo Sí Puedo」、チェルノブイリの子どもたちへの支援、世界中から集まった医学留学生数万人への学位授与といった、歴史的な局面におけるその役割について紹介した。
新藤通弘氏は「7月26日運動」の歴史について語り、米国政府による冷酷な攻撃に直面しているキューバ革命を応援する運動を継続するよう、聴衆に呼びかけて締めくくった。
最後に、ジャーナリストの三津田弘志氏は、ベネズエラでフィデル・カストロ最高司令官およびウゴ・チャベス大統領と会ったときの思い出を語り、両指導者の人間性と謙虚さを目の当たりにできたと述べた。




