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経済・社会改革

経済・社会改革

2026年6月

 

経済・社会改革

広範な協議と議論の過程を経て政治局、党中央委員会臨時総会、国民人民権力議会および閣僚会議において、176項目の経済・社会改革が更新・承認された。これらは23の軸のテー別に分類されており、以下に示す通りである:

 

テーマ別軸1:経済主体の経営モデルにおける改革。社会主義国営企業

 

1. 国営企業システムの権限を拡大し、より自律的に、かつ他の経済主体と同等の条件で運営できるようにする。これには主たる事業目的を放棄することなく、あらゆる合法的な活動を行うことが含まれる。今後、他の経済主体に対して承認された事項は、社会主義国営企業にも適用される。

2. 卸売価格および小売価格の承認権限を企業システムに委譲する。価格設定にあたっては、コスト、経費、市場動向、バリューチェーン、および経済主体間の垂直的・水平的な関係を考慮に入れる。

キューバの経済情勢:マルクス・レーニン主義の視点から

Cubadebate

著者:ラモン・ラバニノ・サラザール

掲載:経済討論

2026年7月20日 | 31 |

これは屈服ではなく、革命的リアリズムだ。経済封鎖は我々を締め上げており、中央計画だけではもはやすべてを賄えなくなっていた。だからこそ市場メカニズムに訴えたが、政治的統制や基幹部門に対する社会的所有権を失うことはなかった。これは、本質的に必要な刷新である。

要約:去る6月、国民議会が176の経済措置を可決した際、海外の多くの人々は、我々が資本主義へと舵を切っていると早合点した。これほど現実からかけ離れたことはない。我々がしたことは、マルクス主義の古くからの教訓を適用したに過ぎない。すなわち、生産力が、もはやその発展の道筋を提供しなくなった生産関係と衝突したとき、それらを調整しなければならないということだ。これは妥協ではなく、革命的リアリズムだ。経済封鎖は我々を締め付け、中央計画だけではもはやすべてを賄えなくなっていた。だからこそ市場メカニズムに訴えたが、主要な分野における政治的統制や社会的所有権を失うことはない。これは本質的に必要な刷新であり、その精神においては――形式こそ異なるが――1921年にレーニンがモスクワで推進したNEPに匹敵するものだ。市場は手段であり、目的ではない。

マルコ・ルビオによるキューバ批判報告書、すなわちマッカーシズム的な脅威の捏造

掲載元:Cubadebateメディア監視機構

2026年7月20日 | + |

米国のジョセフ・マッカーシー上院議員なら、マルコ・ルビオの報告書に大喜びするだろう。

米国務省は7月20日、「キューバ:21世紀共産主義の拠点」と題する報告書を公表した。これは約100ページに及ぶ文書で、右派に偏った人工知能を用いて作成されたかのような内容であり、米国領内におけるキューバのスパイ活動や破壊工作の「完全な歴史」を再構築しようとするものである。

その野心は、実証済みの諜報活動や、キューバが武装組織に対して歴史的に行ってきた支援を記録するだけにとどまらない。この文書は、キューバを、67年間にわたり、ラテンアメリカのゲリラ、米国内の(合法的な)社会運動、連帯団体、大学、強制送還反対団体、アンティファ、ブラック・ライブズ・マター、そしてパレスチナ支援活動をつなぐネットワークの発祥地として描こうとしている。

この非難は決して軽微なものではない。報告書は、米国内の政治的対立のかなりの部分が、何らかの形でキューバの影響と結びついていると主張している。

キューバ、「人道外交議連」に米国の攻撃による人道的影響を訴える

[7月15日、東京] ヒセラ・ガルシア駐日大使は国会内の「人道外交議連」の会合に出席し、米国政府による攻撃にさらされているキューバ国民の現状について話した。人道外交連盟は超党派の国会議員で構成され、石破茂前首相が代表を務めており、前首相もこの会合に出席した。

 

ガルシア大使は対キューバ経済・通商・金融封鎖によって蓄積された被害について述べ、現政権がエネルギー封鎖を課し、キューバとの関係を築こうとする国や企業に対する迫害や脅迫を行うことで、この犯罪的な政策をいかに激化させているかを説明した。また、この「宣戦布告なき戦争」がもたらす人道的影響、特にキューバ国民の日常生活、医療や食料配給などの分野への影響についても話した。

 

また、ガルシア大使はこの機会を利用し、日本がキューバの病院10か所に太陽光パネルを提供する支援の決定をしたことについて、キューバ政府および国民からの謝意を改めて伝えた。

 

会議に出席した外務省職員らは二国間関係の歴史的経緯と現状について報告し、良好な二国間対話を強調した。

 

出席した議員らはキューバの現状への懸念を表明するとともに、キューバ国民を支援するためのさらなる方策について関心を寄せた。

 

キューバ革命における7月26日

 

7月26日はキューバ近現代史において最も重要な日付のひとつである。サンティアゴ・デ・クーバにあるモンカダ兵営、バヤモにあるカルロス・マヌエル・デ・セスペデス兵営の襲撃は即座の軍事的成功には至らなかったものの、独立闘争の最終段階の幕開けとなり、1959年1月1日に勝利を収めることになるキューバ革命の礎を築いた。その重要性は単なる軍事行動にとどまらず、新たな政治的指導層の台頭、国家改革計画の策定、そして革命闘争を勝利へと導く「7月26日運動」の誕生を意味した。

 

バティスタ独裁下のキューバ

キューバの政治情勢は1952年3月10日、フルヘンシオ・バティスタ将軍がクーデターを主導、憲法を停止し、その年に予定されていた総選挙を中止したことで決定的な転換点を迎えた。このクーデターにより、当時ラテンアメリカで最も先進的とされた1940年憲法に基づく民主的秩序は終焉を迎えた。

新政権は憲法上の保障を停止し、政治的自由を制限するとともに報道を検閲し、反対派を徹底的に弾圧した。一方で、深刻な社会問題は依然として残っていた。高水準の季節性失業率や不平等な富の分配、農地の集中、行政の腐敗、そして米国への強い経済的依存である。

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